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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3132号 判決

原告 藪悌二

右訴訟代理人弁護士 寺本勤

同 安達十郎

被告 東京都

右代表者知事 東竜太郎

右被告訴訟代理人弁護士 吉原歓吉

右被告指定代理人 岡村賢治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、渋谷税務事務所長が、共栄商事に対する固定資産税の滞納処分として実在の建物に対し差押手続をするにあたり、昭和三一年一〇月一二日、東京法務局渋谷出張所長に対し、右実在の建物が既登記であるのにこれを未登記と誤り(このことは当事者間に争いがない。)、未登記物件としてその所在場所を「東京都渋谷区千駄ヶ谷五丁目九三六番地」とのみ表示して差押登記の嘱託をしたところ、東京法務局渋谷出張所の係員において、物権の所有者、種類、構造、床面積については、実在の建物と同一なるもその所在場所を「東京都渋谷区千駄ヶ谷五丁目九三六番地二」家屋番号を「同町九三六番」として、その所有権保存登記を新たに職権でなしたうえ、これに同出張所同日受付第二七、七八五号をもって差押権利者を被告とする差押登記をなし、かくて差押調書の作成、送付を初めとして、その後の公告、公売等滞納処分手続がすべて右登記簿上の建物を表示して進行された事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、そして、清水屋が当時、「実在の建物」を使用していたこと、昭和三二年一一月四日、右公売手続に参加してその落札者となったこと、その所有権移転登記手続は、東京法務局渋谷出張所昭和三二年一一月二〇日受付第三一、三六四号をもって登記簿上の建物についてなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

また、≪証拠省略≫によれば、原告が、昭和三二年一二月二六日、清水屋に対し、金一九〇万円を弁済期昭和三三年二月二五日利息月四分、の約定で貸し渡したこと、原告が右貸付に際し、清水屋の代表取締役清水利政から実在の建物を担保にする旨の申入れをうけ、登記簿を調査してその記載のとおり、清水屋が前記公売処分により実在の建物の所有権を取得したと信じ、これに別紙目録(二)記載の抵当権等の設定をし、その旨の登記手続を経由したが、右登記はすべて登記簿上の建物につきなされたこと、および当時、清水屋は、右建物以外みるべき財産もなく、その後も事実上の破産状態にあり、右貸金の弁済期も一ヵ月ずつ三回猶予されたが、結局弁済できなかったほどの資産状況であったことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

二、ところで、原告は東京都渋谷税務所長のなした前示滞納処分は無効であり、清水屋は、実在の建物につき所有権を取得せず、したがって原告の前示抵当権等の設定もすべて無効である、と主張するのでこの点につき判断する。

およそ、滞納処分は、登記を標準としてなさるべきものではなく、現実の物件を目指してなされるものであり(このことは、強制執行については民訴六四三条一項二号六五五条等の規定に照し明瞭であるが、滞納処分についても同様である。)、登記は、対抗要件にすぎない。したがって、前示のように、現実の建物の差押登記にあたり、その所在番地および家屋番号を誤って登記簿上保存登記がなされ、もしくは、その記載が二重の保存登記として無効であるとしても、これがために滞納処分自体が違法もしくは無効となることはなく、滞納処分が無効であるか否かは、それに存在する瑕疵の重要性によると解すべきである。

これを本件についてみるに、東京都渋谷税務所長が共栄商事に対する滞納処分として共栄商事が所有していた「実在の建物」を差押するにあたり、「実在の建物」が既登記であるのに未登記と誤り、かつ、その所在場所を「九三六番地の一」であるにかかわらず「九三六番」として東京法務局渋谷出張所に差押登記の嘱託をし、同出張所の係官が所在場所「九三六番地の二」と家屋番号を「同町九三六番」とするほか、その種類、構造、床面積については「実在の建物」と同一とする所有権保存登記をしたうえ差押登記をし、そのため、差押調書の送付を初めとしてその後の公売処分はすべて右の誤った所在場所を表示してなされたこと、清水屋も、「実在の建物」を落札し、原告もまた別紙目録(二)記載の抵当権等の設定をうける意思であったことは前示のとおりであるが、右のように、差押、公売処分にあたって、その物件の所在場所を「九三六番地の一」とすべきを「九三六番地の二」とその家屋番号が「同町五八二番の四」であったのに「同町九三六番」と誤って表示したとしても、本件のごとく、その物件の所有者、物件の種類構造床面積等からそれが滞納処分の対象となった「実在の建物」と同一性を認めうる場合には、法が差押物件の種類構造、所在地を差押調書に記載し、これを滞納者に送付すべきことを要求する要旨は、滞納者をして、いかなる物件につき滞納処分がなされたかを認識せしめるにあり、また、公売公告等に右同様の記載を要求する趣旨も競落希望者に対しその同一性を明らかにするにあるにかんがみ、右の程度の表示の瑕疵は差押、公売処分を無効とするほどの重大なものでないと解するを相当とするから、本件公売処分は右の瑕疵にかかわらず有効であり、清水屋は実在の建物の所有権を取得し、原告もまたこれに有効に別紙目録(二)記載の抵当権等の設定をうけたというべきである。

したがって、原告の前記主張は採用することができない。

もっとも、前示のように登記は対抗要件であるから、その有効性のいかんによって対抗力の有無の問題を生ずる。すなわち、本件におけるように、「実在の建物」につき既に保存登記がある場合には、その後登記官吏のなした保存登記は同一物件についてなされた二重の登記として、無効であり、したがって、この記載を信じて抵当権等を設定しその旨登記した原告と第三者との間にその対抗力の欠缺の問題を生ずるが、本件において、右の登記の瑕疵によって右抵当権等が第三者に対抗できないために原告が損害を蒙ったことは原告の主張立証しないところである。

三、そうすると、原告は、「実在の建物」につき別紙目録(二)記載の抵当権の設定を有効にうけたものというべきであるから、その無効であることを前提とする原告の本訴請求は、進んでその余の点を判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

よって、原告の本訴請求は、失当であるから棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本良吉 裁判官 筧康生 裁判官土屋一英は転勤のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 杉本良吉)

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